座り方の実際

市民座禅会にようこそ 

坐禅の仕方は実習体験して、先ず 正しい姿勢を体得することです。

会場で実地に実習することが第一ですが、

予備知識として その順序を述べてみます。

 

以下 市民座禅会での実習内容 

 先ず   とは、一口に云えば静かに自分をみつめてること、静慮するという意味です。ですから、坐禅は、足を組んで姿勢を正し、山の如く、どっしりと座って、ありのままの自分に還えり、静かに自分の本心本性を体感すること。と、言っていいでしょう。

 

 そこで、市民座禅会では、次のように座禅の仕方と、坐禅を組んで何をするのかを実習し体験体得していただきます。その内容について以下に述べておきます。が、坐禅の座相(姿勢)は、どうしても実習を受けて、正しい座相を体得していただく必要があることをお含みおきください。 

 

 

〇 座禅の仕方  ( 調身  調息  調心 )

座禅を組むということを三つに分けてみれば、正しい姿勢(調身)で、次に自然の呼吸(調息)を乱さず、そして、心をその自然の呼吸のままに(調心)する。

1.  調身について

・座具: まず厚めの座布団を一枚敷いいて、その上に自分に合った高さの座蒲(ざふ)を敷きます。座蒲の代わりに座布団を二つ折りに重ねて、それを尻に下に当てます。この座具に高さは、各自で加減して決めます。もっとも安定感を覚える高さを見つけてください。

〇足の組み方

 まず、座蒲がお尻の中心に位置するようにして、深すぎず浅すぎず、足を組みます。結跏趺坐(けっかふざ)でも半跏趺坐(はんかふざ)でも、大切なことは、両膝とお尻の三点で上体を支えることです。丁度三角錐のように両膝と尾てい骨の三角点の中心に重心が落ちるように背筋と首筋を伸ばして座ります。

 座蒲の高さは個人差がありますので、自分に合った高さをしっかり加減します。慣れるまでは、無理をせず座り方を工夫(調身)するようにします。       

※次のように、二通りの足の組み方があります

 

 結跏趺坐(けっかふざ)      

両足を組む座り方です。

の足を左の腿(もも)の上に深く載せ、

次に左の足を右の腿の上にのせます。

 

(

     

半跏趺坐(はんかふざ)

 片足を組む座り方方です。

右の足を左の腿の下に深く入れ、

左の足を右の腿の上に深くのせます。

 

 

〇 足の組み方は反対でもよく、どちらの坐り方でも、ひざが浮かないように注意します。そして、尾底骨と両ひざで作った正三角形の中心に重心が落ちるようにすることが大切です。

  その要領は、尻を後ろに引き、下腹を前に出すようにします。 結跏趺座も半跏趺座もできない場合には、日本座も許されます。また膝の悪い方には椅子座禅もできます。

〇 正しい姿勢:坐物の上に、五輪の塔を据えたような気持ちで、背骨をピンと伸ばします。あごは、頭が前傾しないように、耳の後ろに吊り上げるような気持ちで引く。

  この時、耳と肩が相い対し、鼻とへそが相い対するように心がけて、口は軽く結んで、舌は上あごの内側に付けます。 体を前後左右に、揺り動かして最も安定した位置、即ち真ん中で 止めるようにすると姿勢がきまります。

 

日本座 と 椅子坐

〇 手の組み方:両手のひらを上に向け、右手を下、左手を上にして重ね、両手の親指の先端 がかすかに触れる程度に軽く支えます。

 この時、手で楕円形を作るような形となる。これを法界定印 といいます。そして、これを宙に浮かせず自分の体の方へ引き寄せて足の上あたりに安定させて肩やひじの力は ぬきます。

〇 眼の置き方:まず、まっすぐ前方を見て、視線は1メートルほどの前に落とす。凝視することなくそこに止めておきます、これを半眼に開くといい、眼を閉じてはいけません。

 以上で座禅の組み方と正しい姿勢を取ることができ、手の組み方、そして眼の置き方も判りました。

 次にこの姿勢で何をするのか・・?調息・調心ついてになります。

心を安定させ、三昧力(集中力)を涵養する観法・数息観の実践となります。 

それでは、ページを変えて調息・調心について見てみましょう

〇   調息  調心

調息: 自然な呼吸を確認する 

〇 呼吸の仕方:まずは、調身しながら、普通の呼吸を静かに感じて整えてくだい。つまり、ゆっくり姿勢を整えながら呼吸も整えます。

 また、肺の中にたまっている空気を全部吐き出し、吐き出しきったところで 大きく息を吸い込む。これを欠気一息(かんきいっそく)といい、これを1~2回繰り返し、 後は自然の呼吸にまかせる方法もあります。

 

調心 : 心を調える 数息観(すうそくかん)

〇 数息観:姿勢を調え、呼吸を調えた後、心を調えるということになりますが、調息と調心は同時に行うことになります。このことを、数息観法といいます。自分の呼吸を自然に行い呼吸を整え、その吸う息・吐く息を数える方法です。次に数息観の仕方を示します。 

(呼吸は鼻から吸い~鼻へと吐きます)

この時、唇は軽く合わせ顎を軽くひき背筋を伸ばします。

 

数息観には、次のように三つの段階があります。

前期の数息観

中期の数息観

後期の数息観

以下、それぞれを述べます。

 

★ 数息観の仕方について

(前期の数息観)

◆「前期」は、自分の自然な呼吸を1から100まで数えます。

 最初の入息をイ―と、そして最初の出息をそのまま受けてチ―と数えます。つまり最初の一呼吸でイ―チ―です。次の呼吸が二-イ― であり、その次がサ―ン―となります。かくて11番目はジュ―と吸 いイ―チと吐き、20はニィ―と吸いジュ―と吐き、21はニジュ―と吸いイーチと吐きます。100はヒヤァ―と吸いク―と吐き、その まま再びイ―チ―と1にかえるのです。

 

 これだけのことなら、数のかぞえられる者なら誰でもわけなくできる筈ですが、ここに二つの条件があります。この条件を無視したのでは、ただ息を数えるということだけであって、数息観になりません。ところが、この条件にかなうということは甚だむずかしいことで大いに修練を要するのです。

 

※ さてその条件と申しますのは次の三つです。
A.勘定を問違えないこと。

B.雑念を交えないこと。
 C・以上二条件に反したら1に戻すこと。

                                
 これは何でもない条件のようですが、さていよいよ実施してみると、容易でないことにお気付きになるはずです。

 

※ A. の「勘定を間違えない」とは、数を飛ばしたり後戻りをしたりしないということです。

 

※ B. の「雑念を交えない」とは、数をかぞえること以外のことを考えないことです。もちろん無  感

            覚になっているのではないのですから、外界からの刺激を受けて、見えもしますし聞えもしま

   しょう。

   いわゆる「見れども見えず聞けども聞えず」というのは、単に見えない 聞こえないということ

  でなしに、見たら見たまま聞いたら聞いたままにして、自己の考えを乱されないことです。

 

 三味の力を養うには、特にこの三条件を厳格に守ることにします。また時には100から逆に99・98と数えてみるのも一法です。こんなふうにして滞りなく数息観が実施できる自信がついたら、自分免許で中期に進むのもよいでしょう。       


◆中期は1から10まで勘定して、再び1に反るやり方です。
 雑念の入ることを全く許さない数息観です。難中の難です。 どのような微細な念慮でも、数息以外

 のことを思い浮かべたら容赦なく1に戻してしまいます。達することができたなら、まず名人とか

 達人とか称することができるでしょう。
 

◆後期の数息観は、呼吸を数えない数息観となります。
 数えないけど数息観は行っています。この域に達すれば、もう呼吸 などは意識せず、従って息を

 数えるのでもなく、そういうことは一切忘れはててしまうのです。忘れるといっても、数息観はし

 ているのですから、ただ放心状態になっているのではありません。
 一休和尚のお歌に【忘れじと 思いしほどは 忘れけり、忘れて後は忘れざりけり】というのがあり

 ますが、その意味での忘れはてるの です。むずかしいことを言えば、ただ念々において正念に住

 し、歩々において如是であるということです。

例会の内容

 

みやざき市民座禅会では、その人にあった座相を整える指導を行います。

月に1回の例会では、1回15分の座禅を時間中に3回おこないます。

その間、座相の修正を助警(座相指導者)が巡回して行います。

 

3回の座禅の間にお話をしたり聞いたりし、また禅語の学習をしています。

 

ただ次の心掛けが必要です。

 

日常の心配ごと、空想、連想、思慮分別を棚上げしてありのまんまの自分に集中します。

 

数息観を上記のA・B・Cの条件もとに自分の呼吸そのものに成りきります。

つまり、数息観三昧になりきる ことです。

そうしますと、ガッテン!と自分で自分に納得できる座禅となります。

 

ポカーンとすわったり、連想瞑想するのではありませんのでご理解ください。

 

正しい坐相を作る努力と集中への意気込みが必要となります。

 

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